太宰治(1909~1948)の第一創作集。昭和11年(1936)6月刊。
「葉」「思い出」「魚服記」「列車」「地球図」「猿ヶ島」「雀こ」「道化の華」「猿面冠者」「逆行」「彼は昔の彼ならず」「ロマネスク」「玩具」「陰火」「めくら草紙」の短編15編。
思想混乱の時代の青年の生存苦をテーマに、多彩な手法を試みた短編集である。第1回芥川賞候補作。
葉
死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい
思い出
その時の、ほのぐらい街路の静けさを私は忘れずにいる。叔母は、てんしさまがお隠れになったのだ、と私に教えて、生き神様、と言い添えた。
いきがみさま、と私も興深げに
叔母は、そんなことを言うものでない、お隠れになったと言え、と私をたしなめた。どこへお隠れになったのだろう、と私は知っていながら、わざとそう尋ねて叔母を笑わせたのを思い出す。
魚服記
一
本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。せいぜい三四百
むかし、このへん一帯はひろびろした海であったそうで、
そのとき、彼等の船が此の山脈へ衝突した。突きあたった跡がいまでも残っている。山脈のまんなかごろのこんもりした小山の中腹にそれがある。
約一
列車
一九二五年に梅鉢工場という所でこしらえられたC五一型のその機関車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三
時に依って万歳の叫喚で送られたり、
地球図
ヨワン
いまから二百年ほどむかしに、シロオテはこの切支丹屋敷の牢のなかで死んだ。彼のしかばねは、屋敷の庭の片隅にうずめられ、ひとりの風流な奉行がそこに一本の榎を植えた。
榎は根を張り枝をひろげた。としを経て大木になり、ヨワン榎とうたわれた。
猿ヶ島
はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。
私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な
これは山であろうか。一本の青草もない。
雀こ
長え長え
山の中に
そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。
からすあ、があて
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
また、からすあ、があて啼けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。
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