谷崎潤一郎(1886~1965)の随筆。昭和8~9年(1933~34)にかけて発表。
日本人の美意識とは「陰」や「ほの暗さ」を条件に入れて発達してきたものであり、明るさよりもかげりを、光よりも闇との調和をもっとも重視してきたものであると分析している。
照明、浴室、廁、食器、食物、建造物、芸能、美人等にいたるまで、あらゆる角度から陰翳について論じている。
かつて漱石先生は「草枕」の中で
クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。
人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。
かく考えて来ると、われわれの料理が常に陰翳を基調とし、闇と云うものと切っても切れない関係にあることを知るのである。