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梅干うめぼし日本刀にほんとう
―日本人の知恵と独創の歴史を紹介した好著―

 

樋口清之きよゆき(1909~97)著。昭和49~51年(1974~76)刊。

「日本人のすばらしさ」という点に力を注いで執筆された一般向け歴史書。しかも全編日常生活の知恵という視点で書かれており、教科書などでは絶対学べない内容となっている。

日の丸弁当は超合理的な食品、地震でも城の石垣が崩れない秘密、江戸は世界一美しい都市、日本酒にかぎってなぜ温めて飲むのか、五節句には女性を労働から解放する目的もあった、等々たいへん興味深いエピソードが紹介されている。

われわれ日本人に自信と勇気を与えてくれる好著である。

 日本のもっとも悪い風習だといわれるものに、村八分むらはちぶというのがある。

 その村に、いちじるしい被害を及ぼすようなことをした村人を、絶縁して孤立させることをいうが、これは世界の人間関係の風習の中で、最悪のもののようにいわれているが、それは一方的な解釈である。

 村八分という文字の示すとおり、この断絶は《八分》であって《十分じゅうぶ(出産・成人・結婚・葬式・法事・病気・火事・水害・旅立ち・普請ふしん)》ではないことを、私たちは見逃している。

《十分》でなく《八分》であるということは、八分は断絶するが、二分の交際は残すという意味なのだ。その二分は《葬式》と《火事》である。

 絶縁はしていても、葬式、すなわち、その家族たちの中の誰かが死んだときは、村中の人たちは葬式を手伝って悲しみを共にする。

 火事にったときも、みんなで手を貸して手伝う。それ以外の、たとえば結婚式とか成人式といった、喜びごとには手を貸さないという意味である。

 つまり、絶縁はしても、悲しい出来事だけは、分かち合おうというのが村八分なのだ。これは、日本人の義理人情の発想とも深い関係があろうが、こんな心やさしい懲罰ちょうばつ風習は、私は世界に類をみないと思う。

 村八分を村落共同体の最大の懲罰とした、日本人の人間関係の発想の根底には、結局、《人間は助け合っていかないと生きてはいけない》という社会共同意識が、最低の基準としてあったのだ。(村八分を非人道の極というのは間違い)

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