和辻哲郎(1889~1960)著。大正7年(1918)、『思潮』に連載。大正8年(1919)岩波書店刊。
著者が30歳のとき、大和の地を訪ね、古寺巡礼の旅をしたときの旅行記が本書である。飛鳥・奈良の古建築・古美術に相対し、その印象を情熱をこめて書きとめている。
いまなお古美術鑑賞を志す者にとっての必読書となっている。
金堂へは裏口からはいった。再会のよろこびに幾分心をときめかせながら堂の横へ回ると、まずあの脇立ちのつやつやとして美しい半裸の体がわれわれの目に飛び入ってくる。
そうしてその巨大なからだを、上から下へとながめおろしている瞬間に、柔らかくまげた右手と豊かな大腿との間から、向こうにすわっている本尊薬師如来の、「とろけるような美しさ」を持った横顔が、また電光の素早さでわれわれの目を奪ってしまう。……
……この本尊の雄大で豊麗な、柔らかさと強さとの抱擁し合った、円満そのもののような美しい姿は、自分の目で見て感ずるほかは、何とも言いあらわしようのないものである。……
……あのわずかに見開いたきれの長い眼には、大悲の涙がたたえられているように感じられる。あの頬と唇と顎とに光るとろりとした光のうちにも、無量の